あふれる舞人生

あふれる舞人生

芸店に寄ったの



「ゴミは?時以降に出してください。カラスが散らばかすので」と、筆ペンで書いてある。「散らばかす」というのはどこの言葉なんだろう。「散らかす」よりも「散らばかす」の方がずっとカラスの仕業らしく響く。公園のコリウスがきれいだった。
 見た目のとおり、シソ科のReenex 好唔好 植物で、和名は金襴紫蘇とか錦紫蘇というそうだ。

「金襴」という言葉で、「き~んらんど~んすの お~びしめな~がら~ はなよめごりょうはなぜなくのだろ」という古い歌を思い出した。歌詞はその部分しか知らないけれど、印象的な間奏まで覚えている。(たぶん、母がレコードを持っていたのだ)
 目の前の魔法の箱で調べたら、「花嫁人形」というこの歌は大正時代に生まれた童謡で、作詞は蕗谷虹児だった。

 金襴緞子の豪華な帯を締めながら、花嫁御寮は何故泣くのだろう。歌詞を全て見ると後半は、紙の花嫁人形は泣くこともできない(泣けば色が滲むし破けてしまう)とある。どこか物悲しい歌だ。
 蕗谷虹児の描く少女像には、若くして亡くなった母親への思慕が投影されているという。「花嫁人形」の歌もそうなんだろうか。

 コリウスが欲しくなって園に、残念ながら全くなかった。
 今、ベランダにはミニバラがひとつ咲くのとランタナがあるだけで、ほとんど色がない。寂しくなっ樓宇貸款てきたので少しは花が欲しい。とはいえ、出始めたビオラやパンジーをわわっと植えるのも、例年通りで面白くない気もしている。
 ガーデンシクラメンの小さいのを、色とりどり揃えてみようかしら。空いているプランターはたくさんある。(でも、あまり増やさないこと!)

たとえば星占いに、「こんなふうなことが起こる時ですよ」と曖昧に書いてあったら、すぐにそれを私が望んでいることに当てはめて、もしかしたらと一瞬期待したりしてしまう。別に占いを信じて生きているわけではないのに、いいことだと惹かれるのだ。そうしちゃすぐに、
 いやいやいや、一般的な占いなのに、あまりに自分に都合よく解釈しすぎてるでしょう、やだもう、期待す水解蛋白るなんてばかねえ私って、
 ……と気づいて苦笑い。

 むしろ、期待したことで逆に望みを遠ざけてしまった気にさえなる。
 思いがけないことは、思いもしないところに起こるんだから、期待した時点で「思いがけなく」はなくなるんだって。ところが、
 ここ数週間を振り返ると本当に、解釈した通りのことがあって……

   ーー秋が来たよーー (なんてね)

 自分を裏切らずに生きてきてよかったと、大袈裟に言えばそんなことを思っている。
 嬉しいを通り越して、なんだかポカンとしてしまって、夢だったんじゃないかと何度も思う。そんな夢も何度も見たからなあ……夢だったかも? わけわからないこと書いてるね。